アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草 -5ページ目

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170209

 【晴】《8日の続き》
 本殿の前は、参道に沿って並んだかがり火や、左脇の神楽殿からの灯などで意外に明るく、うっかり大きな声を出すと顔が分かってしまうのが、何とも恥かしいのだ。

 仕方がないので近くの大人が声を張り上げる時に、うまく合わせて「鬼は外」をやって誤魔化す。

 本殿が終わると、境内の中に点在する小さな社の前に行って、また同じ事を繰り返すのだが、そこまでは明りが届かないので物凄く怖い。

 だから決して一人では行かずに、誰か大人の人のあとをついて行き、その人に合わせてやっつける。

 そんな社が四ヶ所位あるけれど、いったいどんな神様なのか全然分からなかった。

 八雲神社が終わると、今度は栄町のお稲荷様に向かう。

 途中薬師堂の前で、人通りのない間を狙って急いで豆をまき、近所の人に見とがめられない内に、その場を逃げ出す。

 お稲荷さんは周りに人家も多く、東西南北の辻が、交叉しているので、八雲神社と違って少しも怖くなかった。

 鳥居をくぐり本殿に進む低い石段の前に来ると、いつもの仲間の何人かが所在なさそうに座っていた。

 私は内心(しめた)と思い、「豆まくか?」と一升枡を突き出すと、全員が「ウンやる、やる」と駆け寄って来た。

「んじゃあ順番にやらせてやっから並べ」と、みんなを一列に並ばせ、「一人一回だぞ。終わったら今度は5丁目の天皇様だ」

「ウヮー行くべ行くべ。オイッ一度にそんなにまくなよ。5丁目の分が無くなっちまうじゃねえかよ」

 順番で豆をまいていた平野のヤッさんに、タカさんが口をとがらせて文句をつけた。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 山田 雅晴
タイトル: 決定版 神社開運法―最新・最強の開運法を集大成!



著者: 高藤 晴俊
タイトル: 日光東照宮の謎



著者: 岡田 桃子
タイトル: 神社若奥日記―鳥居をくぐれば別世界

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170208

 【曇のち雨】
 節分の夜の豆まきは、その家の年男が行う事になっていて、どういう訳か我が家では、ここ数年は私の役目になっていた。

 近所の仲間で豆をまける奴は、私の他に何人もいなかったので、「いいな、いいな俺もやりてえな」と、皆に羨ましがられたが、当の本人は、それほどには思っていないのだ。

 陽が落ちて夕闇が濃くなって来ると、あちこちの家から「鬼は外福は内」の声が聞えて来て、嫌だなと思ってはいても段々と心が高ぶって来るから不思議だった。

「さあ、そろそろ始めるか」

 父のその声を合図に、私は用意してある一升枡を抱えて最初は神棚のある部屋に行き、内に向かって「福は内」と叫びながら豆をまく。

 戸の脇に控えている母が、私の動きに合わせてサッと戸を開けると、そこに向かって「鬼は外」と豆を外にまく。

 次は玄関、そして台所や背戸、便所、二階と、家の開口部のほとんどで、この儀式を行うのだ。

「さあ、あとは一人で行っておいで」と母に促されて、私は深まった闇の中を、八雲神社に向かうのだった。

 家の前に出ると、相変らず「鬼は外福は内」と、あちこちから聞えて来る。

 足元も見えない夜の道を行き、途中の辻稲荷にも豆をまくのだが、ここはいつも小声でそっと「鬼は外」と呟いて、豆も2~3粒を使うだけで済ませる。

 川沿の道は神社に行く人達でいっぱいなので、そこまで来れば少しも怖くなかった。
正面の鳥居をくぐる前に一度豆をまくのだが、ここは大勢の人達と一緒だから恥かしくない。

 でも、本殿の前に立つとなぜか気恥ずかしくてならなかった。http://www.atelierhakubi.com/


アーティスト: 松浦亜弥, 森高千里, 馬飼野康二, つんく, 平田祥一郎
タイトル: 渡良瀬橋



著者: 岡田 桃子
タイトル: 神社若奥日記―鳥居をくぐれば別世界

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170207

 【晴】
 薬好きの母のもとには、年に数回訪れる越後の毒消し売りのおばさんと、富山の薬屋さんの他に、特別な薬を持って来る人がいた。

 その人は昼間来る事はめったになく、大抵は夜の闇にまぎれるようにやって来て、言葉少なに話をすると、何かうしろめたそうに帰って行った。

 薬といっても、ほとんどは乾燥した植物の葉や根だったり、何か粉のようなものを練り固めたもの、そしてヘビやトカゲ、イモリや山椒魚、名前はよく分からない虫などを乾したもの、どう見ても石としか思えないものなど、まるで魔法使いのズダ袋をひっくり返したような物ばかりだった。

 その人が包みを開けると、他の薬とは全く違う強い臭いが、家の中に広がって行くのだが、母はなぜかこの臭いが好きなのだと言った。

 私の知る限り、母はいつもどこかが悪くて、市販の薬は無論の事、医者の薬もよく服用していた。

 それでも満足出来なかったのか、あとで聞いたら生薬とか民間薬とかいうのだそうだが、時々家に来る得体の知れない人が届ける薬も、よく飲んでいたようだった。

 困るのは、私達が病気になった時にも、母はその薬を作って無理矢理飲ませるのだ。

 大抵の薬の味は、とんでもなく苦かったり臭いが強かったりと、子供には拷問に等しいものだったが、母はいつも「良薬は口に苦し。ガマンガマン」と、まずいと言えば言うほど、その効き目が大きいと思って、多いに満足そうな顔で答えるのだった。

 飲まされる薬の中には、これなら注射される方がずっとましだと思える程、酷い味のものもあった。

 そんな時、私はいつか家出してやると、密かに決意したものだった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 木村 繁
タイトル: 医者からもらった薬がわかる本 (2004年版)



著者: 川端 一永, 日本アロマセラピー学会
タイトル: 医師がすすめるアロマセラピー―花粉症、ぜんそく、肥満、自律神経失調症、皮膚病、月経痛に効く



著者: 楢林 佳津美, JAA日本アロマコーディネーター協会
タイトル: こんなときどうする?アロマセラピーケアガイド―実例付き!家庭でできる症状別ケア

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170206

 【晴】《5日の続き》
 埋葬前の儀式が終わると、おじいちゃんの棺は親しい人達に担がれて本堂を出て、風花まじりの寒風の中を墓地に向かった。

 大きくて広い墓地の片隅に掘られた長方形の穴は、思ったよりもずっと深いのに驚いた。

「コレッ、あんまりじろじろ中を覗くんじゃないよ」

 私はまたおばさんに叱られ、すごすごと人垣の外に出ると、埋葬の様子がよく見えるように、一段上にある墓地に入り、そこの囲いの上に乗った。

 おじいちゃんの棺は、あっけない程の早さで穴の中に納められ、あっという間に土がかぶせられていく。

 埋葬の儀式は淡々と進行し、そして終わった。

 帰路は追い風に乗って楽々と道を行き、道すがらの会話は、少し前に故人を埋葬して来たとは思えない程、明るく楽しそうだった。

 みんな大きな方の荷を下ろしたような表情の中に、近しい人に先立たれた悲しさを隠しているようだった。

「ボク、小さいのにこの風の中を大変だったな」

 見知らぬおじさんが私に声を掛けて来たが、役目を終えてホッとした気分を、そんな形で表したかったのが、私にもよく分かった。

 私は何も言わず、ただ笑顔でおじさんに答えると、おばさんに握られ、汗ばんだ手を振り解いた。

「もう一人で歩けるよ」

 私はおばさんにそう言うと、列の先頭に向かって走った。

 行きはともかく、帰りだけは先頭に立って、おじいちゃんの行列を家まで先導したかったのだ。

「おばあちゃん行って来たよ。おじいちゃんは無事に行ったよ」

「そうかいそうかい、おじいさんも晃ちゃんに送ってもらって、本当に喜んでいると思うよ。ありがとうね」

 私は大切な約束を果したような満足感を胸に、心づくしの膳の前に座った。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 黒沢 真里子
タイトル: アメリカ田園墓地の研究―生と死の景観論



著者: 岩井 寛
タイトル: 一度はお参りしたい、あの人のお墓―東京・鎌倉近郊墓地詣で



著者: 尾崎 一雄
タイトル: 美しい墓地からの眺め

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170205

 【晴】《4日の続き》
 近付いてみると、山門は意外に小さく、僅か数段の石段で前の街道と繋がっていた。

 私はもっと高く上らなければならないのかと思っていたので、内心ホッとしたのだった。

 葬列は山門をくぐり、やがて先頭が本堂に着いたが、私はまだ山門の外にいた。

 寒さで冷え切っていた私は、早く本堂に入りたかったから、なかなか進まない列がもどかしくて、おばさんの脇で地団駄を踏んでいた。

「コレッ、お弔いでお寺に入った時に地団駄を踏むと、亡者に集られるよ」

 おばさんは小さな声で私をたしなめると、私の手を取って列から離れ、立ち並ぶ人達を追い抜いて本堂に急いだ。

「すみません、小さい子がいるので一足先に中に入ります」

 おばさんは列の人達を追い抜く度に声を掛け、私を本堂の中に連れて行った。

 本堂の中は、外に較べるとまるで春のように暖かかったが、特別に暖房がある訳ではなく、大きな火鉢が二つほど置いてあるだけだった。

 おばさんは私を火鉢のひとつの前に連れて行き、「ここでしばらく暖まっておいで。風邪でもひいたら大変だからね」

 私は「ウン」と返事をすると、真っ赤におきている炭火の上に手を翳して、ホッと一息ついた。

 火鉢の周りには、炭が燃える時に出す、少しいがらっぽい臭いが漂って、そこだけ小さな春を作っていた。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 小林 義亮
タイトル: 笠置寺激動の1300年―ある山寺の歴史



著者: 福岡 秀樹
タイトル: イラストガイド 京都・奈良のお寺で仏像に会いましょう



著者: 五木 寛之
タイトル: 五木寛之の百寺巡礼―ガイド版 (第1巻)

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170204

 【晴】《3日の続き》
 寺に続く沢谷の右は、杉の巨木が道にのしかかるようにそそり立ち、左は狭い耕地になっていて、少し芽吹き始めた梅の林が、畑の奥から山裾まで続いていた。

 西風は沢谷に入ってから激しさを増して、大人の影に隠れていないと、子供の私は前にも進めない程だった。

 強風の巻き上げる砂塵が、容赦なく目潰しとなって目もあけていられない。

 上州から野州にかけての冬は、どこに隠れても身を凍らせる赤城颪から逃げられないのだ。

 そんな冬枯れの中を、葬列は野を分けるかのように、ほとんど真っ直ぐな坂道を、あえぎあえぎ進む。

 私は列のうしろの方で、柿沼のおばさんに手を取られながら、身も心も冷気に打ちひしがれながら、のろのろとついて行った。

「がんばって、ほら、もうすぐに寺だからね」

 おばさんは自分も辛かったのだろうが、私を優しく励ましてくれた。

 しばらく行くと、前方の斜面の中腹に寺の山門が古木の間から、黒々とした屋根を覗かせているのが見えた。

 あの門をくぐると、おじいちゃんは今までとは違う別世界の住人になってしまうのかと、私は何か得体の知れない恐怖を感じて、思わずおばさんにしがみついてしまった。

「あれ、どうしたんだろう。ここまで来て怖くなっちまったのかね。大丈夫、みんなが守ってくれるし、おじいちゃんだって、あんなに晃ちゃんを可愛がってくれたんだから、きっと守ってくれるから」

 私の心を察したおばさんが、一生懸命に力づけてくれた。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 片山 満秋
タイトル: 野山の花をたずねて 赤城山編



著者: 安原 修次
タイトル: 赤城山の花



著者: 五十嵐 誠祐, 柳井 久雄
タイトル: 赤城山の文学碑



著者: 都丸 十九一
タイトル: 赤城山民俗記

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170203

 【晴】《2日の続き》
 私がなかなか列に戻らないのを心配してか、最後尾にいる柿沼のおばさんが立ち止り、小手を翳してこっちを見ているのが、道を急ぐ私の目に入った。

 きっと母から私の事を頼まれているのだろう。

 私はおばさんに心配かけまいと、道を外れて田を横切りながら、こっちを見ているおばさんに手を振った。

 おばさんも手を振り返して答え、私が追いつくまで待つつもりなのか、じっとその場に留まっている。

「おばさあん、ごめんよ、もう少し待ってて。直ぐ追いつくから」

「大丈夫、慌てずにゆっくり来な。転んでケガでもすると大変だよ」

「わかった、ゆっくり行く」と答えた矢先に、私はもんどり打って枯れた用水路に落っこちてしまった。

 幸いな事にどこもケガはなかったが、着ていた服は泥まみれになり、ようやく用水路から這い上がった私の所に駆け付けて来た。
おばさんが「あれまあ、だから言っただろうに。そんなに汚れちゃって、いったいお母さんに何て言えばいいんだろう、まったくもう」

 おばさんは盛んに小言を言いながらも、私の服についた土を両手でパタパタと落としてくれた。

「さあ急ごう。まごまごしてると列が寺に着いちまうよ」

 おばさんと私は小走りで道を急ぎ、ようやく葬列の最後尾に追いつく事が出来た。

 もし追いつけなかったら、おじいちゃんに申し訳がないと思っていたので、私は心底ホッとして列について行った。

 葬列はやがて左手の谷に続く道に入り、少し上りのだらだら坂を、のろのろと進んで行った。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 向田 邦子
タイトル: だらだら坂,大根の月



著者: 藤木 あきこ
タイトル: だらだら坂のとらんたん