アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170208 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170208

 【曇のち雨】
 節分の夜の豆まきは、その家の年男が行う事になっていて、どういう訳か我が家では、ここ数年は私の役目になっていた。

 近所の仲間で豆をまける奴は、私の他に何人もいなかったので、「いいな、いいな俺もやりてえな」と、皆に羨ましがられたが、当の本人は、それほどには思っていないのだ。

 陽が落ちて夕闇が濃くなって来ると、あちこちの家から「鬼は外福は内」の声が聞えて来て、嫌だなと思ってはいても段々と心が高ぶって来るから不思議だった。

「さあ、そろそろ始めるか」

 父のその声を合図に、私は用意してある一升枡を抱えて最初は神棚のある部屋に行き、内に向かって「福は内」と叫びながら豆をまく。

 戸の脇に控えている母が、私の動きに合わせてサッと戸を開けると、そこに向かって「鬼は外」と豆を外にまく。

 次は玄関、そして台所や背戸、便所、二階と、家の開口部のほとんどで、この儀式を行うのだ。

「さあ、あとは一人で行っておいで」と母に促されて、私は深まった闇の中を、八雲神社に向かうのだった。

 家の前に出ると、相変らず「鬼は外福は内」と、あちこちから聞えて来る。

 足元も見えない夜の道を行き、途中の辻稲荷にも豆をまくのだが、ここはいつも小声でそっと「鬼は外」と呟いて、豆も2~3粒を使うだけで済ませる。

 川沿の道は神社に行く人達でいっぱいなので、そこまで来れば少しも怖くなかった。
正面の鳥居をくぐる前に一度豆をまくのだが、ここは大勢の人達と一緒だから恥かしくない。

 でも、本殿の前に立つとなぜか気恥ずかしくてならなかった。http://www.atelierhakubi.com/


アーティスト: 松浦亜弥, 森高千里, 馬飼野康二, つんく, 平田祥一郎
タイトル: 渡良瀬橋



著者: 岡田 桃子
タイトル: 神社若奥日記―鳥居をくぐれば別世界