アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170227 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170227

 【晴】《26日の続き》
 板橋は嬉しそうに「ウン」と返事をした。

 目立て屋のおじさんの店は、7丁目の切通しの手前を「三宝院の方へ入って行く道沿いにあり、少し行くと母が行き付けの周藤という髪結いの店もあった。

 間口二間ほどのガラス戸を開けて中に入ると、幅半間ほどの三和土をはさんだ八畳ほどの板の間の仕事場で、おじさんが仕事をしていた。

「すみません、目立てをお願いします」

 私は持って来たノコギリを上がり框に置くと、おじさんに声を掛けた。

「ハイハイ、渡辺さんだね、まいどどうも。今すぐやるから、そこに座って少しの間待っててね」

 おじさんは愛想良く答えて上がり框近くに出て来ると、「いま茶をいれるからね」と、子供の私達にお茶をいれてくれた上に、木のくりぬき器に盛られたお煎餅を出してくれた。

 おじさんはお茶をいれる時に、茶筒からほんの少しの茶葉を急須に足し入れた。

 私は家とは違うお茶のいれ方が珍しくて、その記憶が妙にのちのちまで残った。

 お茶をいれ終わったおじさんは、私が持って来たノコギリを手にすると、直ぐに仕事を始めた。

 最初に手にしたのはマキ引きノコだったが、おじさんはノコを二枚の板で挟んで固定すると、刃を上にして両足の平でおさえ、ヤットコの先を使って刃並びを整えながら、小さな目立てヤスリを器用に使って、みるみる内に目立てして行くのだった。

 私と板橋は、お煎餅を食うのも忘れて、おじさんの見事な手先の動きに魅入っていた。http://www.atelierhakubi.com/