アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170226 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170226

 【晴】
 学校から帰ると、父が何本かのノコギリを用意して私を待っていた。

「このノコギリの目立てを頼んで来てくれ。多分その場でやってくれるから、出来るまで待って、待ち帰って来い」

 ノコギリの目立てをしてくれる人の家には、今までに何度か行っているので、私は喜んで使いに出た。

 大きなマキ引きノコが一本と両刃が一本、それに銅付きが一本だった。

 ノコギリを抱えて表通りに出ると、学校帰りの板橋とバッタリ会った。

「どこに行くん?」

「ノコギリの目立て屋だよ」

「ウァー、俺も一緒に行っていい?」

 私は連れが出来るのが嬉しくて、「ウン、一緒に行こう」と直ぐに返事をした。

「僕はまだノコギリの目立てをする所を見た事ないんだ」

 板橋は自分の事を僕と呼ぶ、少数派の一人だった。

「けっこう面白れえぞ」

 ノコギリの目立てに限らず、私は手仕事の現場を見るのが、なぜか大好きだったので、そんな折には時の経つのも忘れて見学した。

「あんな硬い物を、どうやって研くのかな?」

 板橋にとっては、細かい刃がズラッと並んだノコギリを、砥石も使わずに仕立てるのが、物凄く不思議なのだと言う。

「目立てヤスリとヤットコでやるんだよ」

 私は少し得意そうに板橋に教えてやった。

 簡単な目立ては、父や職人達が、素人仕事でやっているのをよく見ていたので、私にも真似事くらいは出来たから、言葉で説明できなくはなかったが、「向こうに着いたら、おじさんが目立てする所を見られるぞ」と、板橋に言った。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 吉川 金次
タイトル: 自伝 のこぎり一代―昭和を生きた職人の記録〈上〉



著者: 吉川 金次
タイトル: 自伝 のこぎり一代―昭和を生きた職人の記録〈下〉