アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161115 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161115

 【雨時々曇】
 学校から帰ると、家の中が薬の臭いでいっぱいだった。
見ると火鉢に土瓶が掛かっていた。
母がいつもの実母散を煎じているのだ。
実母散は年に何回か越後からやってくる毒消し売りのおばさんが持って来て、桐箱の薬入れにいつも入っていた。

 母だけでなく祖母もよく火鉢で薬を煎じていたが、煎じ薬というのは、どれも皆似たような臭いがした。
数少ない例外が、はしかの時に飲まされるキンカンの煎じ薬とか、風邪の時のゆずの煎じ液、それから何に効くのか分からない干したリンゴの皮の煎じ液だろうか。

 医者でもらう薬は粉薬と水薬で、錠剤やカプセルはほとんど目にする事はなく、下半分がくもりガラスの、「薬局」という金文字が書かれた仕切りの向こうで、天井まで並んでいる大きな試薬ビンから、細長い金のサジで中の薬を天秤はかりに乗せては、ひとつひとつを独特の包み方で包んで行く先生の指先を見ていると、何だか病気が治ってしまうような頼もしさを感じた。

 医者にもらった薬は、病人の枕元に置いた盆の上に、水差しと湯のみ茶碗と一緒に置かれ、その家を訪ねた人には誰の目にもそれと分かった。

 あの頃は個室などというものは、ごく限られた人達の世界の話だったから、病人にとっては、かえって心強い環境だったかもしれない。
なぜなら、いつでも誰かが自分を見守っているのを実感する事が出来たから。http://www.atelierhakubi.com/