アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161116 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/161116

 【晴】
 秋も深まって来ると、鈴木駄菓子屋の縁側には、もんじゃき(文字焼)の台が3台並んで、子供達は我先に駆けつけた。

 お椀いっぱいの中に、もんじゃきの素地だけ入ったのが一杯5円で、量が少し増えて切りイカや干しエビが入ると10円、たまご入りは20円で、これはほとんど大人用だった。

 もんじゃきの中に入れる具は持ち込み自由だったから、たまには家からたまごを持って行ける時もあった。
そんな時は他の奴らに取られないように、いつもより強く縄張りを出張して、隣の奴のもんじゃきが少しでも自分のにくっついたりしたら、物凄い勢いで抗議しただけでなく、罰として相手のもんじゃきを少しぶん取った。

 女の子は刻みしょうがを入れて、もんじゃきを赤く染めるのを好み、男の子は海苔を入れて黒くしたのを好んで作った。

 もんじゃきはお好み焼きと違うから、野菜が入る事はほとんどなかったけれど、今思えば、それは許されない贅沢だったのかもしれない。

 もんじゃきの台は普通4人が一緒に使うので、行く時はなるべく仲間で一台占拠出来るように顔見知りを誘い合った。

 台がいっぱいの時は縁側に腰掛けて自分達の番が来るのを待っていたが、先に焼いている奴らも大抵は知った連中だったから、あまり退屈する事はなかった。

 備え付けの醤油とソースは無料だったから、欲張りはそれで分量を増やそうと、気ちがいのようにいっぱい入れるから、結局は食べられなくなって泣きながら家に帰った。

 金子のタケは自分のハナを右の袖口でいつもなびっていたので、みんなタケの右側に座るのを嫌がった。

 林のトシは小さじ一杯位の量でチマチマと焼く。

 だから皆が焼き終わってもお椀に半分以上残っていて、それがトシには何とも嬉しかったのだが、大抵は無理矢理ぶんまけ(椀の中身を全部鉄板に流す事)をされて、いつもピーピー泣いていたが、泣きながらも結局は全部食った。

 高際の和雄は一人っ子だったから、他の誰よりも豪華な具を家から持って来た。

 たまごにキャベツ、貝のヒモに赤エビ、時には肉もあった。
しかし和雄がそれを楽しめる機会はほとんどなく、おおかたは焼く前に年上の奴らの脅しと騙しで取り上げられ、逆にこれちんべ(ほんの少し)を貰って食べるという始末だった。

「和雄おめえそんな物を食うと、また頭にできもんが出来るぞ。頭にできもんが出来ると、その度にバカになるんだぞ。こっちへよこせ、代りに俺が食ってやるから」と、こんな調子である。

 和雄は何も入っていないもんじゃきを焼きながら、本当なら自分が入れたはずの具の入った他人のもんじゃきをさも恨めしそうに見ながら、その匂いに誘われて「ねえ少しでいいからちょうだい」と、必死に頼むのだった。

「仕様がねえな。毒だから少しだけだぞ」

「ウン少しでいい」

 1cm四方程のもんじゃきを貰って、和雄は嬉しそうにそれを食った。http://www.atelierhakubi.com/